朝日新聞社が誇るカリスマジャーナリストの鮫島浩氏は17日、阪神・淡路大震災が発生した新聞記者一年生の当時を振り返った。
鮫島氏は「地震直後に生まれた赤ちゃんを探し歩いた。倒壊した産婦人科での誕生物語を記事にし多くの反響を頂いた」とツイートしている。
震災赤ちゃんを探し回っていたことを堂々と告白し、当時から被災地で貪欲にネタを探していたマスコミの実態を表している。
朝日新聞・鮫島浩氏 阪神淡路大震災で赤ちゃん探し「誕生物語を記事に」
阪神大震災が発生したのは新聞記者一年生の時だった。神戸に応援に入り、地震直後に生まれた赤ちゃんを探し歩いた。倒壊した産婦人科での誕生物語を記事にし多くの反響を頂いたが、新米記者は脇が甘く大混乱で連絡が途絶えてしまった。彼は26歳に。コロナ禍に負けずたくましく生きていることを願う。
— 鮫島浩 (@SamejimaH) January 17, 2021
阪神大震災が発生したのは新聞記者一年生の時だった。神戸に応援に入り、地震直後に生まれた赤ちゃんを探し歩いた。倒壊した産婦人科での誕生物語を記事にし多くの反響を頂いたが、新米記者は脇が甘く大混乱で連絡が途絶えてしまった。彼は26歳に。コロナ禍に負けずたくましく生きていることを願う。
当時から被災地でネタを探す貪欲なマスコミ
朝日新聞社の政治部デスクを歴任し、自称リベラル系インフルエンサーも寄稿する言論サイト「論座」の編集部を担当するカリスマジャーナリストの鮫島浩氏。現在も論座に属しているかは不明だが、最近はSNSでの発信に力を入れている模様。
そんな鮫島氏は1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災を思い出し、当時記者としてルーキーだった頃に被災地で地震直後に出産された赤ん坊を探し回ったという。
6,434人の尊い命が犠牲になり、甚大な被害を生んだ地震災害。懸命に避難行動を取る生存者や人命救助にあたる方々がいる中で、「倒壊した病院での誕生物語」を記事にするため被災地を駆け巡ったと明かした。
災害で苦しむ人や命がギリギリの状態にある人などが大勢いる中、「情報を伝える」というより「とにかくネタを取ってこよう」とするマスコミの姿勢が如実に表れている。これを恥と思わず堂々とツイートした鮫島浩氏、さすがのジャーナリズムだ。
おそらく当時は朝日新聞だけでなく、他のマスコミもこぞってネタを探し回ったに違いない。しかも「多くの反響を頂いた」ことから、鮫島氏の記事を読んで感動した人も多かったはずだ。
魚拓①を見てもらえればわかるが、鮫島氏は件のツイートを自分自身でリツイートしている。この自己顕示欲の強さは素晴らしい、よほど自信があるのだろう。「多くの反響を頂いた」経験が忘れられず、今だからこそ過去の栄光を自慢したい気持ちは非常に理解できる。
今後も朝日新聞の報道姿勢、鮫島浩氏のジャーナリズムに注目したい。