れいわ新選組の山本太郎代表は13日、党の公式HPで過去の被曝に対する発言について説明するブログを投稿した。
非は認めているものの、内容は著書『僕にもできた! 国会議員』から抜粋した形となっており、改めて謝罪や撤回があったというわけではない。
自身を「未熟」としながらも、10年前から特に主張は変わっていない模様。
過去の被曝に対する発言について 山本太郎(れいわ新選組代表)
私が政治家になる前、過去の被曝などに関する発言で、配慮が足りないものがあったことは事実です。当時、自分自身がどのように考えていたのか。2019年に質問を募集し、それに対して答える形式の中から、該当するものをご紹介いたします。
引用:https://reiwa-shinsengumi.com/activity/6526/
【過去の被曝に対する発言について】
私が政治家になる前、過去の被曝などに関する発言で、
配慮が足りないものがあったことは事実です。当時、自分自身がどのように考えていたのか。https://t.co/g1caLPT3in
— れいわ 山本太郎 消費税廃止!住まいは権利! (@yamamototaro0) March 13, 2021
著書からそのまま引用、特に謝罪や撤回なし
震災から約2ヶ月後に「高濃度汚染地域東京から山本太郎です、超高濃度汚染地域福島・東北にお住いの皆様こんにちは」などと言い放ち、「東北の皆さん避難してください」と不安を煽った山本太郎氏。
2011年11月の東日本女子駅伝に対して開催中止させようと反対運動を展開していたことなど、これまで反原発左翼として扇動的な活動を実施してきた。他にも「国会の弁当はベクレてる」発言など、数々の放射脳発言で誇り高き反原発勢力から支持を得ている。
最近Twitterでも出回っているが、2013年に自身のブログで「君が食べた朝ご飯、安全だった?君が学校でほぼ毎日食べる給食、安全かな?」「東日本の食材を僕は食べない。」と記述していたことも懐かしい。風評被害の拡大に貢献する姿勢に涙が止まらない。
今回の釈明では言動に対して「私の未熟さゆえに傷つけてしまった」「山本太郎に心をえぐられたとお感じになる方がいらっしゃるならば、私は加害者です」とお詫びしているが、風評被害に繋がる言動や「デマ」と指摘されていることの謝罪や撤回は特に見当たらない。
ブログの内容としては、2019年に出した本『僕にもできた! 国会議員』から抜粋しただけであり、長文をそのまま紹介している。新たな声明を出したわけではなさそうだ。ちなみに文末で本のタイトルをクリックするとAmazonに飛ぶため、宣伝効果は抜群である。
支持者からの理解は得られているようだが、Twitterでは「言い訳ばかり」「反省していない」との批判も多い。改めて山本太郎氏の存在感や放射能への考え方が再認知されたのだろうか。相変わらず理解力が欠如した無知性のネトウヨ、これだから左翼失格なのだ。
今やれいわ新選組は支持者の中で神格化といっても過言ではないほど熱狂に包まれている。独自の世界観のみで盛り上がっている「れいわ旋風」の凄さが、なぜ理解できないのか?
国会で当時の安倍首相に向かって葬式パフォーマンスと披露し「竹島は(日韓の)共同管理」という発言や外国人参政権や外国人生活保護に前向きな姿勢が伺える牛歩パフォーマー山本太郎氏の知性と品格に刮目せよ。
今後も反原発運動は続くだろう。

補足
第4章 防護の考え方
QA4-3 避難指示基準を年間20ミリシーベルト(mSv)としたのは、チェルノブイリ事故の際の基準とは違うのですか。
①チェルノブイリ原発事故においては、事故直後は年間100ミリシーベルト(mSv)を避難基準として採用したのに対し、東京電力福島第一原子力発電所事故においては、事故直後から年間20ミリシーベルト(mSv)を採用しました。
②国際放射線防護委員会(ICRP)では、原発事故等の緊急時の対策について、各国政府は年間20~100ミリシーベルト(mSv)の範囲で、それぞれの国や事故により被災した現地が置かれている状況を総合的に考慮して避難指示の基準を決定するよう勧告しています。日本政府は東京電力福島第一原子力発電所事故時に住民の安心を最優先し、事故直後から最も厳しい値である年間20ミリシーベルト(mSv)を避難指示の基準として採用しています。